屋久杉 | 屋久杉工芸品の特徴 | 屋久杉が育つ屋久島とは | 屋久杉伐採の経緯 | 屋久島フォトギャラリー
こだわり
・化粧箱入り
・鹿児島県屋久杉事業協同組合認定番号シール付
・角満作
- 化粧箱入りですので、贈り物に最適です。
- 「鹿児島県屋久杉事業共同組合」による、認定番号付きですので安心してご購入いただけます。
- 全工程自社製造『有限会社 角満』
屋久杉挽物工芸品製造業として、昭和47年9月に創業を開始し、茶托・くり盆・茶道具・銘々皿等を中心に挽物工芸品を巾広く生産しています。平成6年、鹿児島県の伝統的工芸品に指定されました。 製材から乾燥塗装まで全工程を自社で行っております。
屋久杉

屋久杉(やくすぎ)は、屋久島の標高500メートルを超える山地に自生するスギの一種で、このうち樹齢1000年以上のものを指し、樹齢1000年未満のものは「小杉(こすぎ)」と呼びます。
一般的に、杉は樹齢200年くらいから中心部が腐りはじめて空洞化が進み、500年ほどで寿命が尽きるものがほとんどですが、屋久杉は桁外れに長く、老木では2000年を超えるものが少なからずあって、杉としてはきわめて長寿です。

有名な杉群の代表例である日光の杉並木では、樹齢350年ほどで直径2メートルに達する巨木が見ることができるが、屋久杉で直径2メートルといえば、樹齢1500年を越す高齢樹を指すことになります。樹齢500年のころの直径は30センチしか生長していません。
つまり、屋久杉は生長が非常に遅いが、腐りにくく長生きするため、木目が緻密で美しい特徴を持ちます。

屋久杉の長寿の秘密は、樹脂の含有量が非常に多いことも理由の1つです。ほかの杉の5~6倍、多いものだと20倍も含まれているものもあります。
屋久杉は岩ばかりでほとんど表土のない山で、苔におおわれた岩肌や割れ目に根を這わせて生きています。
酸素を含んだ新鮮な水を好む杉にとって、雨が多く空中湿度が高い屋久島の山は恵まれた環境でもあるが、表土がないことから生長に必要な栄養が不足し、年輪の幅が緻密になります。
そうなることで樹脂道に普通の杉の約6倍ともいわれる樹脂がたまります。
この樹脂には防腐・抗菌・防虫効果があるため、屋久杉は長い年月の間不朽せずに生き続けられるのです。
屋久杉工芸品の特徴
屋久杉で作られた工芸品には以下の特徴が挙げられます。
- 樹脂が多いため、潤いのある光沢と芳香がいつまでも楽しめます。
- タンスや食器棚、洋服に虫がつかず、ダニ、ゴキブリ、シロアリなどの害虫が寄り付きません。
- 建築材の場合、シロアリや他の腐朽菌を寄せつけず、何千年もの長い年月の間変化が少なく、耐久性が高い。
- 湯呑、おちょこ、グイ呑など、水やアルコール分と溶け合い、旨味を増す作用があります。
- 香りがよく、肩こり、ストレス、高血圧などの症状をやわらげ、精神安定、安眠効果を促進します。
- アトピーや小児ぜんそく、アレルギー性の諸症状に良く効き、体に優しい木です。
- 入浴剤などは、肌を若返らせる活性作用があり、つるつるとした肌にする効能があります。
- 線香などは貴重なお香に分類され、精神安定、リラックス効果があります。
- 角切りにしたものを、包装して使用することで、強い殺虫効果を持ちます。
屋久杉が育つ屋久島とは

屋久島(やくしま)は、九州大隅半島の南南西約60キロメートルの海上に位置する島で、鹿児島県熊毛郡屋久島町に属し、近隣の種子島や口永良部島などと共に大隅諸島を形成しています。
面積は504.88平方キロメートル。円形に近い五角形をしており、鹿児島県の島としては奄美大島に次いで2番目、日本全国でも9番目の大きさです(北海道・本州・四国・九州を除く)。

豊かで美しい自然が残されており、島の中央部の「洋上のアルプス」と呼ばれる宮之浦岳を含む屋久杉自生林や西部林道付近など、島の面積の約21%にあたる107.47平方キロメートルがユネスコの世界自然遺産に登録されています。
世界遺産への登録は1993年、姫路城・法隆寺・白神山地とともに日本初。
そして2007年、日本の地質百選に選定されました。
また、屋久島にある白谷雲水峡は、宮崎駿映画作品『もののけ姫』の舞台のモデルの一つでもあります。

屋久島は、第三紀の末期に花崗岩が上昇してつくられたとされています。島の花崗岩は、大きな正長石の結晶を含んでいるのが特徴で、約1400万年前にできたといわれています。
また、屋久島は、暖流の中に浮かぶ標高2000メートル近くの山岳島で、上昇気流による雲のために、雨の多い島でもあります。種子島、鹿児島の降水量と比較すると約2倍の雨が降ります。ちなみに1998年、屋久島は365日のうち24時間雨が降らなかったのは、わずか2日しかないようです。
島の気候は、年平均気温19.4度、最も寒い1月の平均気温は11.6度と高く、海岸線では霜が降りることもなく温暖な気候です。
宮之浦岳山頂近くでは、2月が最も寒くマイナス10度以下にもなり、谷では5月まで雪が残ることもあります。
屋久杉伐採の経緯

屋久杉の伐採は、豊臣秀吉が島津義久に命じたのが最初と言われており、用途は大坂城、聚楽第など諸説あります。
屋久杉はかつて神として崇められていたため、島民により伐採されることはありませんでした。
しかし、江戸時代に入り、屋久島出身で薩摩藩に仕えていた儒学者の泊如竹が屋久島の島民の貧困を目にして屋久杉の伐採を島民に勧めたのをきっかけに、1640年頃から本格的な伐採が始まりました。
島民は薩摩藩に年貢代わりに平木と呼ばれる幅10センチ程度の屋久杉の木材を納めました。
明治時代、1873年の地租改正で島の90%以上が国有地とされ、島民による勝手な伐採が制限されました。
このとき、生活の糧を奪われた島民が裁判を起こしており、裁判は島民の敗訴に終わるが、島を保護地区と伐採地区に分離され、営林署ができました。
太平洋戦争後は大規模な伐採が続いたため、伐採地区の杉は殆ど無くなってしまい、1970年以降、屋久杉の伐採は禁止されています。
そのため、現在、工芸品として加工される屋久杉のほとんどは、江戸時代に伐採された屋久杉の切り株や残材である土埋木や、倒木などが利用されています。
近年、この土埋木の埋蔵量が低下してきており、数年前と比べて、屋久杉工芸品の値が上がっています。
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